広島県高宮町・川根振興協議会を中心とした「住民自治のまちづくり」

高宮町は、車で広島市から1時間ほどの位置にあり、山林と田園が調和した中に、赤瓦と漆喰の白壁の農家が静かに佇み、美しい風景を保っている。町の人口4600人、高齢化率41%の中山間地域である。2004年3月1日、高田郡6町(吉田町、八千代町、美土里町、高宮町、甲田町、向原町)は合併して、3万5000人の「安芸高田市」が誕生する。高宮町では、8つの地域振興自治組織に全住民が参画し、自主・自立・連帯と協調の地域づくりを20年以上進めている。なかでも「川根振興協議会」は31年の住民自治組織の歴史をもち、合併のテーマ「住民自治のまちづくり」のモデルとなるほど活動は充実している。高宮町以外の5町でも地域振興会を作り、高宮方式の自治体内分権、住民自治組織を基本に据えた地域経営をめざしている。



●川根振興協議会の誕生と現在


 川根地区は人口657人、町中心部から北へ10数kmの一番奥にある集落。昭和の大合併により町の辺境となり、過疎化と高齢化が急速に進んだ。合併前は2つの病院があり、商店街や農協は活気にあふれていたがすべてなくなった。小中高等学校は揃っていたが、小学校の1校だけ。こうした地域衰退を招いたのは、生活のすべてを行政に依存していたからだと、地域の有志6人が集まり、72年に「せせらぎ会」を結成した。同年7月、集中豪雨により壊滅的な被害を受け、川根地区が陸の孤島と化した時、「行政の対応を待っていられない」と、住民自らは援助班を編成し活躍する。翌年「このままでは地域がなくなる。自分たちが地域を守るしかない」と、全世帯260戸が加入した「川根振興協議会」(以下振興会)が結成された。

 この振興会の存在は旧川根村役場に近いもので、「もやいしよう」の精神で(協力、支えあうという意味の方言)郷土芸能や祭り、青少年育成、農業振興、日用品販売、特産品開発、障害者自立の福祉の場、雇用を創出する地域開発まで、住民主体の活動は生活すべてにわたっている。振興会の年間予算は約400万円、世帯の年会費は1500円、町の助成金は50万円である。ユニークな1日1円福祉募金、祭りやイベントの寄付金・祝い金もあり、世帯の年間負担合計額は約1万5000円となっている。

こうした活動は、田舎は駄目だとあきらめてしまう「心の過疎」との長年の戦いでもあった。住民の自発する精神は創意工夫のある発想力と力強い行動力を養った。結果、行政の一人勝ちを許さない、住民自治による地域経営力が築かれた。



●「エコミュージアム川根」


「住民自治組織は地域のあるべき姿を行政に提案し、住民はその事業の継続性に責任を持つことがポイント」と川根振興協議会長の辻駒健二さんは語る。住民の意識改革と融通無碍な活動により、町の財源は効果的に使われ、活力を取り戻す。

92年、中学校が廃校になるのを機に、学校とは違った文化を地域に創出しようと、地域全体を「川根自然生態博物館・川根エコミュージアム」として捉え、拠点となる研修宿泊交流施設の整備を提案した。この施設運営は、振興会はじめ老人会、女性会、子供会など地区の21組織がまとまり、町の支援も得て、740万円の基本財産を積み立てた。責任ある運営は、温泉のない施設に年間8千人以上の集客実績を実現している。毎月開催する「川根地域づくり大学」や「ほたるまつり」などのイベントは好評であり、さらに地域の素材を使った料理開発を行う女性グループ、河川の土手に咲くラベンダーを使った香りグッズを制作する女性グループ「ふぁみりーねこの手」、農業者グループが作る「柚子ジュース」の開発など、コミュニティ・ビジネスも盛んである。こうした体験から「地域が頑張れば人の出入りがありお金も入る。ぼやいている地域には誰も来ない」と辻駒さんは話す。



●「お好み住宅」


 融通無碍の政策のひとつ、生産人口の増加を可能とした「お好み住宅」。振興会では、学校存続には子どものいる若者定住が必要と、設計段階から参画でき自分の住みたい家を建築する「お好み住宅」を提案した。家賃は月額3万円、20年間住み続けると住宅はその人のものとなる仕組み。募集した12戸の住宅はすぐに埋まった。小学校の児童は32人で、この住宅から通う子どもが半数を占める。好評のため町はさらに4戸の建設を進めている。


●「ふれあいマーケット」


 農協合併により支所が撤退し店舗がなくなった。車のない高齢者は12km離れた生協の店舗まで行くことができない。そこで振興会は農協店舗とガソリンスタンドを譲り受け「ふれあいマーケット」を経営する。住民意識を高め責任ある運営をするために、1戸当たり1000円を出資し、建設会社に経営委託した。振興会副会長で建設会社社長夫人の岡田千里さんが代表で、注文は豆腐1丁でも配達する。「お年寄りと話ができ、安心して暮らせる毎日を提供することが儲けです」と笑顔で岡田さんは語る。「ふれあいマーケット」に隣接して、若い局長さんを得て郵便局も新築され、この地域は「川根タウンセンター」として整備が進む。郵便局はセンター地区すべての会計事務を支援する予定である。


●「ファミリーファーム21」


高齢化や福祉問題の解決は自らが健康で働き長生きすることに過ぎる。生涯現役で健康に働けるのは農業だけと、15haのほ場整備が完成したのを機に営農集団「ファミリーファーム21」が発足した。効率化と経費削減をめざして大農業機械の共同管理や米の育苗から乾燥・出荷もできるライスセンターを整備し、さらに川根地区の19行政区からそれぞれ2~3人が出て、「農地を育てる会」も結成した。05年度までにほ場整備95haが終わるので、両者を一緒にした法人の設立をめざす。農業だけでは地域経済はよくならないと、6次加工までできる農産物加工センターの整備も着々と進めている。ユニークな手法は、春秋の農繁期に、地元建設業者とトラクターやコンバインなどのオペレーター派遣契約を結んだこと。社員の多くは地元出身者であり、公共事業が減る中で企業との協力体制も志向する。


●住民自治組織を育てた児玉高宮町長


 児玉更太郎高宮町長は、初当選した80年から4年間かけて、住民力を町政に生かすために、8つの「地域振興会」を発足させた。振興会は産業部、福祉部、体育部等で構成され、行政と役割分担をしながら、独自の予算を使って地域課題に取り組む「町内分権システム」の確立が目的であった。振興会の育成は社会教育の一環として行われ、中心となったのは故山岡聖さん。山岡さんは満州で終戦を迎え、共産党の組織論を学び、帰国後、農協の営農指導員となった。農協は組合員の協力がなくては何もできない。学んだ組織論が役に立った。児玉町長は住民の組織化が必要と、町議を辞めた山岡さんに社会教育委員をお願いした。彼は抜群の組織化のセンスを活かして、今日の振興会の基礎を築いた。この時、彼の下で働いていたのが辻駒さんだった。

●高宮町方式から学ぶこと


 振興会の運営方式は、全国どこにもある自治会費でまかなう「自治会」に似ているが、異なるのは、役場がやっていた事業の企画、協議、実行、新組織を立ち上げるなどの構想力や展開力まで、行政が住民自治組織への権限委譲したことである。地域の「困り事」に対して、住民力と情報力を使い、未利用な地域資源(人材や企業、遊休施設等)をローコストでマッチングさせ、現役資源として蘇らせる手法は、非効率な行政システム改善への参考となる。こうした住民自治組織が育っていけば、将来、財源が少なくなり行政サービスが低くなっても、低コストで住民が困らない地域経営が可能となるであろう。

●NPO「文化資源活用協会」で住民自治組織のビデオを制作


NPO「文化資源活用協会」では、住民自治組織からの地域経営に挑戦している事例を調査して歩き、ビデオ作品・シリーズ「町の意志が感じられる町」の制作を進めている。「広島県高宮町」をはじめ「北海道ニセコ町」「野沢温泉村」「長野市松代町」「鳥取県智頭町」の編集を終え、貸し出しているのでぜひ活用して欲しい。


問い合せは、
NPO「文化資源活用協会」 http://www.stm.ne.jp/~bunka/
〒407-0322 山梨県北巨摩郡須玉町下津金2963
TEL:0551-20-7100 FAX:0551-20-7105



「地域政策-あすの三重」2004 No.11

0 件のコメント:

コメントを投稿